大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)586号 判決

上告人

服部安男

上告人

服部清司

右両名訴訟代理人

田宮敏元

被上告人

西日本建設業保証株式会社

右代表者

島村忠男

右訴訟代理人

菅生浩三

葛原忠知

川崎全司

甲斐直也

丸山恵司

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人田宮敏元の上告理由第一点及び第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができないものではなく、その過程に所論の違法があるとはいえない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は結論に影響しない部分について原判決の不当をいうものであつて、採用することができない。

同三点一、二について

家庭裁判所が民法八二六条一項の規定に基づいて選任した特別代理人と未成年者との間に利益相反の関係がある場合には、特別代理人は選任の審判によつて付与された権限を行使することができず、これを行使しても無権代理行為として新たに選任された特別代理人又は成年に達した本人の追認がない限り無効である、と解するのが相当である。けだし、特別代理人は親権者と未成年者との間に利益相反の関係がある場合に親権者に代わる未成年者の臨時的保護者として選任されるもので、右選任は、特別代理人に対し当該行為に関する限りにおいて未成年者の親権者と同様の地位を付与するものにとどまり、右行為につき事情のいかんを問わず有効に未成年者を代理しうる権限を確定的に付与する効果まで生ずるものではなく、したがつて、右のようにして選任された特別代理人と未成年者との間に利益相反の関係がある場合には、右特別代理人についても親権の制限に関する民法八二六条一項の規定が類推適用されるものと解すべきだからである。

しかるに、原審は、当時未成年者であつた上告人服部清司の特別代理人に選任された高山シヅコと右上告人との間に利益相反があるとしながら、家庭裁判所は代理権を付与される事項の意義及び本人と特別代理人との関係等諸般の事情を考慮して選任の審判をするものであることを理由にして、右のような利益相反の関係があるからといつて高山シヅコを特別代理人に選任した審判の効力が左右されるものではないとし、上告人服部清司所有不動産の担保提供につき高山シヅコが右上告人の特別代理人としてした追認をその適法な代理権の行使として有効であると判断しているのであつて、右判断には特別代理人の権限に関する民法の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、右違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は右の点で理由があり、原判決は、その余の点について判断するまでもなく、破棄を免れない。

そして、本件については更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝 和田誠一)

上告代理人田宮敏元の上告理由

第一点 原判決には理由不備、理由そご、論理法則、経験則違背、法令の解釈適用を誤つた違法がある。

一、原判決は、上告人服部清司の母服部松枝が父である上告人服部安男に対し右清司の財産関係に対する親権の行使につき包括的に代理権を与えていたものと解するのが相当である旨判示している。

二、しかしながら、右松枝は上告人安男に対し右の如き包括的代理権を与えたことはないのである。

1 上告人清司は、上告人安男から本件不動産の贈与を受け、その所有権を取得したのみで、原判決の云う如き財産関係について、平素法律行為をなすべき理由も必要もない。従つて親権行使の包括的代理権を事前に附与すること等あり得ない。原判決が掲げる事情の如きは、要するに上告人安男の事業経営に関することで、このことが、右松枝の無関心とは何ら関係がない。

2 右松枝は上告人清司の財産についてその売却、担保設定等を予想したこともなく、その相談を受けたこともなく、又、本件、和解調書の成立は勿論のこと、その前提の訴訟の係属も知らないのである。原判決は、いかなる根拠をもつて親権の行使につき包括的代理権を附与したものというのか。全くその理由は存しないのである。従つて、原判決は、虚無の証拠に基き右の認定をなしたのは、理由不備、理由そごの違法があり、又経験則、論理則に反するものである。

三、しかも、親権行使についての一方親権者から他方親権者に対する包括的代理権という観念自体、法律用語の遊びに過ぎず、かかる観念の容認自体、親権の共同行使の制度、法意を否認するものである。従つて、右包括的代理権の附与は無効と云うべきであり、原判決は法令の解釈適用を誤つたものである。

四、更に、訴訟委任という訴訟行為に準ずる法律行為についての親権行使の包括的代理権と云うが如きものは、何ら具体的事件の発生もなく、又その予想もされないのに観念することがあり得ず、論理法則、経験則に反するものである。

第二点 原判決には事実誤認、法令の違反がある。

一、原判決は、奈良家庭裁判所が高山シヅコを特別代理人に選任したが、右選任申立は、上告人安男及び右松枝の委任を受けた酒井弁護士によつてなされたものであり、同弁護士は右安男、松枝から適法に委任を受けたものであり、右選任申立は利害関係人(親権者のいずれか一人も含まれる)からもなし得る旨判示している。

二、しかしながら、右安男及び松枝は酒井弁護士に右選任申立の委任をしたことはない。

右選任申立に提出された委任状は、右安男が本件和解調書の成立した訴訟事件委任に際し、印刷事項以外は白紙にて複数交付されたものの一つであり、右選任申立のために交付されたものではない。右松枝についても勿論委任したことはないのである。右安男においては、特別代理人の選任申立についてその必要性さえ説明を受けていないのである。委任状については、同弁護士側において書込んだものである。従つて、原判決は重大な事実誤認をしているのである。

三、又、原判決は、右の如く、利害関係人でもなし得るとして、親権者のいずれかも当然なし得るとするが、右の利害関係人は親権者以外の利害関係人と解すべきである。利害関係人というのは、本来子やその親権者以外の人を指称すると解するのが論理的である。しかも親権は共同行使が本則であるからである。

従つて、原判決は法令の解釈適用を誤つた違法がある。

第三点 原判決は、法令の解釈適用を誤つた違法がある。

一、原判決は、上告人清司と上告人安男との間に利益相反行為があれば、高山シヅコにも利益相反行為があると考えられる、しかし家庭裁判所が特別代理人を選任するには代理権を授与される事項の意義と本人及び特別代理人との関係等諸般の事情を考慮して裁判するものであつて、前記事情があるからといつて家庭裁判所が特に代理権を授与した高山シヅコ選任の審判の効力が左右されるわけではないとして、服部興業は上告人安男の設立し、支配する会社であること、上告人清司は右安男と高山シヅコとの間に出生した子である疑いがあることや担保物件は右安男が右清司の名義にしたものであり右安男が支配力を有する物件であること等を掲記している。

二、本来、家庭裁判所において特別代理人を選任するには、諸般の事情を考慮することは当然である。利益相反行為となるが故に特別代理人の制度を設け、未成年者を保護せんとしているのである。利益相反行為となる当事者を特別代理人に選任することは制度を無視するものである。法律はかかることを予想していない。本件においては、債務者である高山シヅコは特別代理人としては欠格者である。親権者安男と同様立場にあるものである。従つて、かかる違法は重大且つ明白であつて、審判は無効というべきである。(かかる審判について、未成年の子である立場から、事実上不服申立の方法がない)しかも、本件においては、右高山シヅコが利益相反行為者であることは、和解調書上明白であり、被上告人においては悪意であることも明らかである。原判決の掲記する前記事情は却つて子のために危険な状況であり、適正なる特別代理人の選任を要したものである。もし、適正なる特別代理人が選任されていたとしたら、果して、本件和解を追認したであらうか、否である。(右安男の事業について慎重に検討のうえでその支払能力の有無により追認の是非を決定すべきだからである。)家庭裁判所における特別代理人選任の実務が全く形骸化していることを物語るものである。

三、原判決は、右高山シヅコが昭和四六年七月三一日追認をしたが、追認の効力は行為の時に遡つて有効となつたと解される旨判示している。

しかしながら、追認は、追認の時からその行為が有効となるから、追認時点においてその履行が可能なものでなければならない。しかるに本件においては、右追認時において、既に昭和四六年五月及び六月末日には分割債務の内弁済期到来し期限の利益を喪失し制裁が発効しているものであるから、追認は行為の時から有効となるも、その効力は行為時に遡るから、右追認によつて、行為時点における法的効力、効果というものは存し得ないことになる。かかる意味において右追認は、その対象を欠き効力を発生しないと解すべきである。

仮りに然らずとするも、右追認は、追認時において既に制裁の発動しているものであるから、特別代理人としては、その選任された趣旨からみるならばその権限を逸脱し無効と云うべく、然らずとするも権限の乱用して無効となすべきである。

従つて、原判決は、法令の解釈適用を誤つた違法がある。

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